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物事の一方だけを体験しても、本質は見えないままである

年に数回、友人と高価な食事をする会を開催しています。

個人的には安いお店も高いお店も経験しなければいけないなと思っていて、高収入ではありませんが日頃の飲み会の回数を2、3回減らして、そのお金で定期的に高いお店に行くようにしています。

それはなぜか。

「物事の一方だけを体験しても、本質が見えないままになる」からです。

新鮮な良い食材、素敵な場所や素晴らしいサービスを経験しなければ、自分の中の基準が更新されず「何が悪いのか(必要ないのか)」がわからないからです。
美味しい料理を食べた経験があるからこそ、「あれはまずかった」と言えます。

そして、、、

安く値段相応の食材や場所やサービスを経験するからこそ「何が良いのか(必要なのか)」がわかります。

色々経験するからこそ「自分の基準」がわかってきます。

「ちょっと高くても美味しいものが食べたいな」
「騒がしいところは嫌だな」
「料理だけじゃなく接客も大切だよね」
「ここまで高いもの食べなくても私はこの値段で満足」
「盛り上がりたいし、ガヤガヤしたこの感じがいいんだ」
「接客は多少目をつぶるから安いほうがいい」

などなど、、、

自分基準がわかったなら、もういいじゃん!ってなりがちですが、これ続けないと忘れちゃうんです。人間は忘れていく生き物だから。

慣れていって、それが普通になると感謝がなくなっていってしまうし、続けていくと色々気づけることが多いのです。だから私は続けています。

基準は人それぞれありますが、たまに「安いところしか行きたくない」「高いところにしか行きたくない」と両極端なことを言う人を見かけます。

領域を出たがらない人です。

物事の一方だけを体験しても、本質は見えないままである

安いところに行くから高いところの良さがわかるし、高いところに行くから安いところの良さがわかるのだと思うのです。

そして、経験もそれほどしていないのに「高いお店なんて高いだけでサービス料とられるし、もったいないから金出したくない。」とか、その逆「安いお店なんて美味しくないし、行きたいとも思わない」って言う人、結構いるような気がします。

どんなことでもそうですが物事の一方だけしか体験せず、モノを語る行為って私は好きではありません。

視野が狭くならないように、両方体験するほうが好ましいと思います。

そして、今回気がついたことは安いお店の迷惑な客と高いお店の迷惑をかける客の迷惑のかけ方の質が違うことをなんとなくではありますが発見しました。人間観察の好きな私としてはこれは大発見でして(笑)

こうやって両方を経験するからこそ、わかること、見えてくることっていっぱいあります。これは料理とかお店のことだけではなくて、物事全てそうだと思います。

1年に1度でもいい、日頃の飲み会の回数を少し減らして貯めたお金で行ったことがないようなお店や、たまには安いお店に行ってみてはいかがでしょうか。

料理の繊細な味つけを感じたり、盛り付けや器が美しいと思ったり、見晴らしが綺麗だと感動したり、調理してくれる間に店員さんとの会話を楽しんだり、そういう心が豊かになるものにお金を払ってもいいとおもうんですよね。

その逆で

隣の客と仲良くなったり、ワイワイ騒いでバカ話したり、迷惑かけない程度の下品な話したり(笑)、安くて美味しいものを見つけたり、そういう心が楽しくなるものにお金を払ってもいいとおもうんですよね。

両方を知ることで、きっと見えてくることがたくさんあると思います。
オススメですよ!

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