わたしは友人や後輩から人生相談を受ける時、決まって言うセリフ?みたいなものがあります。

わたしの意見は一応伝えますが自分の意見を押しつけず、最後には「あなたの人生だし、決めるのはあなただから勝手にすればいいよ。わたしには関係ないから」と笑いながら無関係だからと終わらせてしまいます(笑)※あくまで友人の相談でということです。深刻的な相談に対しては慎重に対応します。

そう言われるとわかっているのに相談をしてきます。
この言葉を聞きたくて相談してくる人もいます。

周りから「あーしたほうがいい、こーしたほうがいい」としつこく言われたり、選択肢がありすぎて迷った時にわたしに相談してくるようです。

 

わたしに相談すると最後には突き放されるので「自分が選択しなければいけない」と気合が入るらしいです(笑)

だから、最後にこう言われるとわかっていてもその言葉が聞きたいから相談すると言われたことがあります。

確かに相談する相手によっては状況もわからず決めつけてかかる人はいるわけでして、「それは良くない、あれも良くない、あなたのためにならない」としつこく言われると、相談相手を間違えてしまったと思った経験が何度かあります。

理詰めばかりでは疲れてしまうし、人にはどうにもならない感情というものがある。

大抵相談するときは相談者の中では答えは決まっていて、背中を押してほしい場合がほとんどだから意見をいったところで自分のやりたいようにやってしまうだろう。

 

「勝手にしなよ、関係ないから」というのは「止めはしないよ」という意思表示。

表面的には冷たい人間かもしれないけど、私的にはとてもあったかい対応だと思っている。だからそう答えるんですね。

 

「自分の人生は自分で決めるのが当たり前」と思っているので私はどちらかというと見守るタイプ。

 

例えば、自分では選択しないであろう損をする行動を友人がとっていても見守るだけである。自分とは違う選択をしたことについて善いとも悪いとも思っていない。

なぜなら「人生の選択肢はどれも間違ったものはない」と思っているから。

 

あなたの選択する力を信じてほしい

一般的に「そっちは行かないほうがいい」という道を進んでしまったとしても、その道のりで出会った経験や気づけなかった気持ち、わかることがいっぱいあると思うんです。

本人が責任を持ってその道を選択すればいいと思うし、究極のところ、責任を持って選択するのも人生、責任を持たずに選択するのも人生だ。

どれもこれも、間違った道ではないと思う。もしかしたら後悔することもあるかもしれないけれど、その後悔したことによって気づくこともたくさんあるはずです。

「何かを知ること(勉強)ができる」という部分でどれも良い選択肢なんだと思う。

あなたの選択する力を信じてあげてください。

 

それから見守る理由はもう一つ。

友人を全面的に信頼しているから言うことはないと思っています。
あれこれ口に出すということは、ある意味その人を信頼していないのでは、と思うんです。

家族だったら「信頼はしているけど、やっぱり親心で心配」とかならよくわかる。近しいがゆえそう思ってしまう。

 

でも他人が「信頼しているけど心配」って心配ではない別の感情だと思う。
単に信頼してないだけなんじゃないかなと思うのです。

 

仲良くなるにつれ、相手がどういう人物なのかわかってくるし、信頼度も上がってくるので「その道に行きたいのには理由があるのだろう」とか「後悔して痛い目にあっても何かを見つけて帰ってくるだろう」とか「わたしには合わなくても友人には良い道かもしれない」と思うので、なーーーーーーんも心配してないの。

ある意味信頼しているから、最後に「勝手にしたら、関係ないから」と言えるのだと思う。

 

いつも心配していると見せかけて、いざという時に支えてあげない人よりは「好きにやったらいいよ」と相手に任せて、余計なことは口に出さず、いざという時に「大丈夫?心配ないよ」と寄り添ってあげれる人にわたしはなりたい。

「人生の選択肢に間違いなんてないよ!」と声を大にして言いたい。