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身の丈にあった褒め方と褒められ方

過去に何度か過度の承認欲求「認められたい病」は良くないよと書いたことがある。

でも、なんでもかんでもやれ承認欲求だの、かまってちゃんだの、決めつけるのもどうかと思う。
相手の背景なんてこちらにはわからないし、自分に害があるとか迷惑でなければ、他人の投稿なんて何が書かれていようと基本気にしないと思うんです。

わたしは気にしないからそう思うんですけど。

褒めてもいいし、褒められてもいい

褒められたいとか、人から良く見られたいという気持ちを持つことは人間として当然の欲求なのだと思う。そして、褒めたい欲求もある。

褒めてもいいし、褒められてもいいんだよ。

わたしだって褒められないよりは褒められたほうが嬉しいし、褒められることでもっと頑張ろうと向上心を刺激される。他人に対しても褒めたいと思うし、悪い人に見られるよりかは、良い人に見られたい(笑)

ただ、身の丈以上に見られたいとは思ってはいない。
今の自分の実力というか、魅力で判断してくれて結構だと思っている。

承認欲求に違いがあるとしたら、きっとこの部分なのではないかと思う。
そのままの自分でいいと思えるかどうか。

身の丈にあった褒められ方と褒め方がいいのだと思う

承認欲求にも種類があると思う。それは「そのままの自分を認めてほしい」と「偽った自分でもいいから認められたい」ではないだろうか。

きっと身の丈にあった褒め方と褒められ方がいいのだと思う。

夫婦仲が悪いのに夫婦仲がいいように装ってみせたり、
本当は仲良くないのに仲良いいように装ってみせたり、
本当は楽しくないのに楽しそうにみせたり、
仕事がないのに仕事に困っていないように見せたり、

自分を偽った姿にイイネや褒め言葉をもらっても、きっと装った本人が一番苦しむのだ。
わざわざ苦しむことをする必要はないのにしてしまう人も多い。

褒める方も心にもない言葉をいって褒めるようなことをしないほうがいい。
きっと自分が苦しむことになると思うから。

わたしは「偽った自分でもいいから認められたい」はなくなって欲しいが「そのままの自分を認めて欲しい」 という気持ちには理解してあげたい。

ちょっとダメなところがあったほうが自然で魅力的

人間関係にも春夏秋冬があるし、仕事だって良い時と悪い時があるものだ。

わたしもダメなところがあるし、かなりドジだけど、周りが笑ってくれるからいいやーって思ってる。良いところばかりしか見えないって不自然じゃありませんか?

わざわざ偽ることなんてないと思うのです。
だって自然なほうが魅力的だから。

人生の四季を楽しみながら自然体に発信して、身の丈にあった形で褒められたり、褒めたりできたら、こんなに嬉しいことはないなぁと思います(^^)

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