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人生のうちに自分を何回洗濯してきたのか

性善説と性悪説。

どちらを信じていますか?

【性善説】は人間にはもともと善の端緒がそなわっており、それを発展させれば徳性にまで達することができるとする説。孟子が唱えました。

【性悪説】は人間の本性は悪であり、たゆみない努力・修養によって善の状態に達することができるとする説。荀子 (じゅんし) が唱えたそうです。

わたしはどっちが先かと考えない「問題は今でしょ!」と思うタイプなので深く考えたことはないのですが、どちらかといえば性善説かなと思っています。

人生のうちに自分を何回洗濯してきたのか

元々はみんな汚れのない存在だった。
生きてくうちに周りから汚され、自分で汚し、真っ白な服が汚くなっていく。

汚れたら洗濯をしないと綺麗にならない。洗ったとしても一番最初の真っ白には戻れないけど、常に綺麗を心がけているかどうかだよね。

洗わなかったら汚れは酷くなる一方で「人生のうちに自分を何回洗濯してきたのか」が今のその人なのかなって思う。

洗濯は選択。綺麗にしますか?汚れたままにしますか?

世の中には、常に白い汚れのない綺麗な服を着たい人、少し汚れているくらいのほうが気楽でいい人、黒く汚い服が心地いい人、いろいろいるなぁ思う。

果たして、汚れがないことがいいことなのか?は置いといて
洗濯するかどうかは自分で選択できるんだよね。

洗濯は選択。
あなたは綺麗にしますか?
そのまま汚れたままにしますか?

「自分にとっての正しいってなんだろう?」
「自分にとって間違いってなんだろう?」

そんなことを考えながら、定期的に自分で洗濯していきながら、自分の理想の汚れ具合やヴィンテージ感をつくっていけたらいいなぁと思うのでした。

「ここはこのままで汚しとこう」
「ここは綺麗にしとこう」

ヴィンテージを作るのは自分の力です。

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