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「行動をみる」+「共感する」=相手への理解を深める

人を視るときは「言葉ではなく、行動をみてください」と言います。
ブログでも何度も記事にしています。

わたしも相手を理解したいときは行動を良く見るのですが、それは一つの判断基準でしかありません。

勘違いしてはならないのが行動だけを見ても、相手のことを理解することはできません。

”行動を起こさない”という行動もある

やりたいと思っていたことをAさんは行動にうつしました。
Bさんは行動にうつしませんでした。

行動にうつしていないBさんは本気じゃない、やる気がないと決定づけることができるでしょうか?

よく「行動を起こすか起こさないかで本気度がわかる」という言葉を目にします。確かにそのとおりかもしれませんが、そうではない場合もあると思います。
行動だけで判断する人はAさんは本気でやる気がある、Bさんは本気ではなくやる気はない、と短絡的に考えがちです。

もしかしたらBさんは今は動くべきではないと考えたかもしれません。
別に優先的にやることがあったのかもしれません。その時は行動するつもりだったけど、やっぱりやめた方がいいと判断したのかもしれません。

相手の話を聴かず、実際に起こった行動ばかりで判断する人は正確に相手を捉えることができません。

相手を理解したいのなら「行動をみること」と「相手の気持ちに共感すること」はセットです

相手を理解したいのなら「行動をみること」と「相手の気持ちに共感すること」はセットです。これができて、初めて相手への理解が深まります。

例えば、「知っています」という言葉一つとっても、一人一人性格や価値観、生きてきた背景が違うわけですから、Aさんが言う「知っています」とBさんが言う「知っています」は違う意味合いのもの、オリジナルのものです。

例えば、

思慮深い人の「知っています」
チャラい人の「知っています」
知っている人の「知っています」
自分は知らないことを知っている人の「知っています」
全く知らない人の「知っています」

言葉は同じ「知っています」ですが、大きく意味合いが違います。

行動だけで相手のことを判断し相手の理解に努めない人は、この違いを感じとることができず性格や背景などもふまえて考えることをしないため、その人オリジナルの「知っています」の意味合いが読めません。

「知っています」と言ったこと(行動)には注目しますが、正しい意味合いを受け取ることができないのです。

さらには他者への興味が薄かった場合は他者の背景すらも主観で考え、正確に受け取ることができず見誤りがちとなります。

自分には知り得ない情報が必ずあるものです。

相手のことを知らないと思っている人ほど、相手を理解しようと努める

「自分はさほど相手のことは知らない」と思っていたのなら決定づけることはありません。そうやって考えることが出来る人は短絡的に物事を決めつけません。

逆に相手のことを理解していると思っている人ほど、理解なんてしていません。心底「相手のことを知らない」と思っているからこそ、相手を理解しようと努めます。

○○な性格や○○な価値観を持っている相手が
どういう気持ちを抱いて、
その言葉を言ったのか。行動をしたのか。

そういった態度で相手をしっかり視て、相手を理解していきたいですね。

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