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条件付き自分OKから、ありのままの自分OKへ

先日「人生目標を達成させなくては自分はOKではない。自分は存在価値はない」というライフスタイルの持ち主とお話をしました。

その人の人生目標は自分と周りの人たちを幸せにすること。

その目標が生きている間に達成できるかわからないので不安になったり、苦しくなったりするときがあると話していた。

目に見えない達成感や信念だけではなく、形あるツールで自分という存在を認めている状態の人もいて、目に見えるもの見えないものの違いはあれど、どちらも条件付きの自分OKの状態です。

本当は ” 何も持っていない自分 ” という存在にOKが出せるようになるのが理想で、それが自己受容できているということではなかろうか。

条件付きの自分OKでも自分が快適に生きているならそれでいい。でも、なるべくは条件のないありのままの自分OKへ近づいていったほうが良いのだと思う。

なぜなら、自分を追い込まず優しく接することができる人は、他者も追い込まず優しく接することができるからです。

わたしから見ると条件付きの自分OKが強い人ほど不寛容な人がとても多く(寛容に見せているが根っこの不寛容さが透けて見えたりする)、本当の自分OKに近い人ほど、とても寛容のように思う。

自分を条件でみるということは、他者を条件でみるということ。
他者を条件でみるということは信頼関係も築きにくいということでもある。

わたしで例えると、

信念系統では、人に貢献していきたい・役にたちたいという気持ちだったり、

ツールで言えば、3DCGデザイナー、アドラー心理学、男性脳女性脳、コスプレ等などそれら全部なくなっても自分には価値があると心から思えること。

そう思えて初めて ” これはツールでしかない ” と見なすことができ、ツール自体を正しく取り扱えるようになるんじゃないかと思う。

ただ生きているだけで、存在しているだけでいいと思えること

何かを持っているから自分OKではない。
あなたはただ生きているだけで、存在しているだけで自分OKだと思っていい。

あれをやらなければ…
これをやらなければ…
与えなければ…
役に立たなければ…

ついつい客観性を失って、自分はできていないように思いがちになる。

そう思いがちになるけれど、本当は存在しているだけで誰かに元気を与えてるし、役に立ってる。だから、気負わなくてもいいんじゃないかと思う。

元気がなくなったときにあの人の声が聞きたいとか、
あの人に会うと元気がでるとか、
一緒にいるだけで安心するとか、

必ず1人はいるはずです。

貢献していきたいなんて思わなくても、存在するだけで誰かへ貢献はできている。
貢献できていない・役にたっていないなんて幻想でしかないのだから。

大切な人が隣にいてくれるだけで、存在しているだけでいいというその気持ちを自分に対して持てるようになること。

そうすれば、本当の自分OKになれるはず。

条件付き自分OKから、本当の自分OKにしていこう。

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