今日はちょっと、わたしのことやパートナーシップ講座のことを書かせてください。

 

周りから見たらわたしは「アドラー心理学」の印象がとても強いと思います。

でもアドラー心理学を勉強し始めたのはたった2年前。それ以前は科学の方を勉強していたのです。こちらのほうは結構前からで、7年くらい経つでしょうか。

科学の面白さを教えてくれたのは科学界のインディージョーンズと言われる長沼毅先生。こちらは完全な独学でしたが、たまに東京で行われる長沼毅先生の講演に参加して勉強していました。

 

ちょうどその頃、自分にとっては苦しい時期を過ごしていました。
父が亡くなって、病気を患い、恋愛も苦しい時期に突入。

その時に自分の中である意味パラダイムシフトが起こって、男女の気質を体得していった時期でした。そして、男女の気質を勉強していくうちに脳科学や遺伝子に行き着きました。

長沼先生の講演で教わったことと繋がることがたくさんあって、ますます科学が大好きになっていった時期であり、ジャンルに専門性が出てきて脳科学や人類学に集中するようになっていきました。

 

「自分」とはどこまでが自分なのだろうか?という問い

そして、今アドラー心理学を学んでいるわけですが(引き続き脳科学、遺伝子、ホルモン、人類学には興味を持っていて独学しています)わたしの視点や講座の良さというのはここにあるのだろうと思います。

「科学」と「心理学」を学んで出来上がっている視点です。

 

アドラー心理学では「自己決定性」という考え方があります。
「自分の人生は自分で決めることができる、自分で物事を決めている」という理論です。

一方科学的知見では、「50%は遺伝子によって意思決定されている」という考え方です(※科学界でも論争はあります)自分の意思で選択しているように思っているが実は自分の意思で選択していない、人間には自由意思はないという考え方です。

 

ある意味、真逆の考え方なんですね。
わたしはアドラー心理学を学ぶ前に「科学的知見は大いにアリだな」と思いました。遺伝子によって行動パターンがあることをある経験を通して体感していたからです。

その後アドラー心理学を学んでいますが「自己決定性も大いにアリだな」と思っています。それはわたし自身が、自己決定性の塊だからです。

 

真逆の考え方双方を体感したわたしは当然のように考えます。

「自分とはどこまでが自分なのだろうか?」と。
「アドラーの言う「自分」とは、はたしてどこまでの自分を指してる?」

いっぱい考えて、結局自分の感覚を信じることにしたのです。

 

「50%は遺伝子によって意思決定されている」
これは合っている。

「自分の人生は自分で決めることができる、自分で物事を決めている」
これも合っている。

 

「自分」とは、脳の働きや気質、遺伝子、ホルモンなどもふまえての自分なのだと思っています。心だけではなく、そういった身体全体の繋がりで個人をみる必要がある。

両方経験しての今の段階の結論です。
それがわたしの「自分」の捉え方です。

心ばかりに目がいっても個人をみることはできません。
身体の機能ばかりに目がいっても個人をみることはできません。

個人をみるにはどちらも見ないといけないなと常々思っています。

 

そんなわたしの見方がつまったパートナーシップ講座は心理学の講座というよりも、科学も心理学も自分が良いと思ったものをごちゃまぜ講座なのです。

アドラー心理学だけではなく、科学や仏教やその他学問
食事のこと、スピリチュアルなことなど

わたしがこれはいい!と思ったもの全てお話しています。
なぜなら、すべて「繋がっている」からです。

境界なんてないんですよね。
境界を作っているのは私たち人間ですから。