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いらぬおせっかいやアドバイスをすることの傲慢さ

わたしは、頼んでもいないのにいらぬアドバイスを言われるのが好きじゃありません。
人生について、仕事について、恋愛について、何か悩み事を抱えている状態であっても。

こちらから相談もしていないし、求めてもいないのに強引に助言してくる人っているでしょう?
なぜいらぬおせっかいをしてしまうのか?

それはアドバイスの内容が嫌なのではなく、言ってきた人がどのような人物であるかというところにポイントがあるように思います。

内容は間違っていなくても不快にさせるアドバイスってありますよね。

そういうとき、相手はさも自分は出来ているかのようにアドバイスをしてくるから不快な気分になるのです。自分はできていると思っているから伝え方も上から目線で傲慢さが感じられます。
他人の課題に土足で踏み込んでくることも勘弁してくれという気分になると同時に、完全にわたしの力を信じていないんだなとわかり、とてもガッカリします。

「出来ていないあなたが言うなよ」
「そのアドバイスは全て自分に向けてのコメントですよね?」

わたしも人間だから、そんな風に心の中ではチクチクと突っ込みを入れちゃう時もある。

でも、そこで止めるようにしている。いらぬアドバイスを送ってきた当の本人は「本当に自分は出来ている」と思っているからそんな態度をとるのです。

自分は完璧な人間でもないし、そんなこと言える分際ではないと思えば、いらぬアドバイスなんてしてこないものだと思う。

いらぬアドバイスをした結果、その人からスルーされたとき「○○さん、以前ちゃんと意見言ってねと言ってたのに…」と言う人もたまにいる。でも、それは以前の話であって、今の話ではない。
前は相談できると思っていたものが、相談できない人だなとわかったのかもしれない。

そしてもう1つ、その言葉は省略しているだけで本当は「(私が意見を求めた時は)意見をちゃんと言ってね」というカッコの部分があることに気がついていないのだ。

こういう人たちと出会うとき、

「いかに自分を客観的にみることができるか」とか、
「自分は出来ていないのに相手を説教していないか」とか、
「他人のことより自分のことをちゃんとしようと思えるかどうか」とか、
「他人の課題に土足で踏み込むとこんな嫌な気持ちになるのだという共感や想像力」など、

今後の自分に生かすように対人関係や信頼関係について改めて自分に問いかけ考えるようにしている。相手には文句を言わず、常に自分へ矢印を向けるようにしている。

『ニーズなきところにサプライなし』
相談相手は説得力のある人物をちゃんと選んでいる

相談相手は自分が選びたいし、自分で決めているから放っておいてほしいと思う。

ダイエットがしたいときはダイエットに成功して体型維持している人を選ぶし、お金を稼ぎたいときはお金を稼いでいる人を選ぶし、恋愛相談だったら恋愛経験が豊富でパートナーと上手くいっている人を選びたい。

わざわざ、太っている人にダイエットの相談はしないし、恋愛をしていない人に恋愛相談はしないだろう。これ、きっとみんなそうだと思うのね。

わたしのところには人生相談や恋愛相談はくるけど、太っているわたしにダイエット相談はこないのです。それはいたって普通のことです。

常日頃から他人の行動を自分なりにちゃんと見ています。「この人にだったら相談できるかも」という人間や説得力のある人物をみんなちゃんと選んでいるんです。

相手がわたしに相談してきた場合、相手はわたしを相談相手と認めたから相談してくれるんですよね。

相談相手として認めていない(相手にとっては行動が伴っていない・実行できていない・信頼関係がない・わからない)から声をかけてこないのであって、そんな状態でアドバイスを言われても不快になるのは当たり前のことです。

だから、わたしは聴かれてもいないのにいらぬアドバイスなんてしないようにしている。

『ニーズなきところにサプライなし』

やってあげることだけが優しさでもない。
やらないことだって優しさなんだよ。

相手への共感の気持ちやリスペクトの気持ちを忘れたらダメだよね。
いつも心に留めておきたい言葉です。

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