先日たまたま始まったばかりのドラマの第1話ネット配信をみました。
そのドラマを観て、信念とか正義とかこだわりがテーマの記事を書きたいと思ったのですが、書きたいときに書かなかったのです。

やっぱり鮮度というか、書きたいという欲って記事から伝わるから、リアルタイムで書けなかったのでもう書かなくてもいいかなと思いつつ、やっぱり書いとこうかなと今頃書いています(笑)

長編になるので2回に分けて書こうと思います。
今回は、わたしの考えている信念の在り方について書こうと思います。

柔軟な芯を持つこと、空であること

「生きづらさをなくすにはどうしたらいいか?」

わたしが人生勉強をしてきた中で今現在たどり着いた答えは「こだわりをなくすこと」と答えます。

この「こだわりをなくすこと」は信念とか、正義に深く関わっています。

信念が強い人、正義感が強い人はどういうイメージでしょうか?
信念が強い人と出会うとすごいなぁと思ったり、憧れを抱いたりすることもありますね。

でも、その信念が強すぎる人はどうでしょうか?
鋼鉄のように固い信念もった人が本当に強い人と言えるでしょうか?

わたしが理想とする信念のイメージは「粘土の中の支えとなる針金のようなもの」です。

小学校の頃に自分の手を粘土でつくる授業とかなかったでしょうか?
針金の周りに肉づけをしていきながら、クネクネと変形させていく。柔軟に変形できるけど形を維持できる強さもある。

自分の信念という芯に価値観という肉づけをして<わたし>という形となるのが一緒だなと思ったからです。

じゃぁ、タイトルの「竹のようにしなやかに」はなに?竹って空洞じゃん!なんて思う人もいらっしゃるかもしれない。

単純にこちらのほうが言い方が美しいというのもありますし、竹は非常に丈夫で、柔軟性を兼ね備えています。

 

「粘土の中の芯」と「竹」は実は同じことではないかなと思うのです。

粘土の中の支えとなる針金は柔軟ながらも芯もあり支える強さもある、竹も同じですし中心部分が空であるということはどんな価値観も入れ替え可能という見方だってできます。
※ただし、「無いこと」と「空にしておくこと」は状態は同じでも全く違うことなので「空にしておくこと」をわたしは心がけています。

鋼鉄のように固い信念をもった人というのは柔軟性に欠け、経験上他者に対して価値観をおしつけたり、偏見を持ちやすかったり、そういった態度は無駄な争いに繋がりやすいです。固ければ固い分だけその傾向は強くなるように思います。

信念も、正義感も、強すぎることは「生きづらさを産みやすい」とも言えるのではないでしょうか。

 

次回はドラマの内容も絡めて「正義」や「こだわりをなくすこと」について書きたいと思います。

 

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