ここ2、3年で体感でわかったこと。
類は友を呼ぶって波動が同じってこと。

価値観が違っていても波動が同じなら仲良くなれるし、違いを楽しめます。
でもどちらかが自己成長が高まり波動がズレてしまうと上手くいかなくなる。

低くなった方はその差を取り戻しにかかります。
劣等コンプレックスを使って、皮肉や意地悪を言ったり、妬みや相手を引きずり落とそうとする態度が増えてきたり、「あなたのために」という言葉や態度を使って相手の足止めをするようになります。

高かくなった方が周波数が繊細になりキャッチもしやすくなるから相手の態度や違和感がとても気になるようになったり、意地悪されていることに気付きやすくなったり、相手の本意を見破ってしまう。

結果、離ればなれになります。

 

もし価値観が一緒だからという人間関係は価値観が一緒ではなくなったときにどうなるだろう?人はたえず変化し続けているのに。

価値観が同じだから安心できる居場所なのではなく、波動が同じだから安心できる居場所になる。だから価値観が違っていても居場所は出来る。

波動が高い人は人格や人柄もいいと書いてあるページをたまに見かけますが、個人的には波動の高さと人格や人柄の良さは別物だと思っています。

実体験でそう感じています。
波動の種類もあるし、高いから良いわけではないという考えです。

 

ちなみに波動について記事を書いたのは初めてなのだが、ふと観世音菩薩が頭の中に出てきた。

観世音菩薩の「音」は人々の苦しみの声を意味しているが音なき音を聴くという解釈もあるのだけれど、波動(周波数)は音という見方で当てはめてみると観世音菩薩は全ての波動を感じとることができると解釈できるのではないだろうか。

そんな妄想的なことを考えて一人で素敵だなぁって思ってる(笑)

 

上下の意味づけをしているのはどちらかを考える

波動だけではなく、霊格や魂のレベルといった文章を書くとき、

例えば、まるで自分が下になったかのように思えて「ステージが上がる」「霊格が高い・低い」という言葉に拒絶反応を起こす人もいる。

文章を書いているほうは上下関係を気にせず「自分の人生で(ステージが上がってきたよ)」という枠の中で話している。(少なくともわたしはそうです)

「霊格が高い・低い」も本当にあるかは知らないが(わたしはあると思っているけど)誰もが通ってきた道だと思えば、上下関係はない。

 

だけど、受け取り側が上下関係を持っている人であれば、勝手に比較することもある。
高い、低いと書いただけで高い=良い、低い=悪いと勝手に読み取る癖がある人も多い。

高いは高い、低いは低い。
ただそれだけのことである。

そこに優劣はなく、高い状態である、低い状態であるというだけ。

誰もが高い状態と低い状態になるが割合がどちらが多いか、というだけの話だとわたし個人ではそう思ってる。

 

だからといって、受け取り側だけが悪いわけではなく、わたしたちは少なからず上下関係を持ちやすい環境にいたり、教育を受けている。

それらを踏まえて相手がどう受け取ってくれるかを考えながら書いていくと表現が変わってくるので、丁寧に考えながら書くようにしてます(結果文章長くなるけど、笑)

 

目に見えない感覚的なものを文章にするのはとても難しいなぁと思う今日この頃です。

 

 

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