自律神経は整えない

「自律神経を整える」

最近、とてもよく聞く言葉です。

自律神経を整える呼吸法。
自律神経を整える食事。
自律神経を整える生活習慣。

身体に関わる仕事をしているわたしも、自律神経についてお話しすることがあります。

自律神経について知ることは、身体を理解するうえで役に立ちます。

生活を見直したり、身体を休ませたりすることが必要なときもあります。

でも最近、わたしはそれと同じくらい、

自律神経を整えようとしすぎないこと。

そして、

自律神経のことを気にしないこと。

も大切なのではないかと思っています。

目次

自律神経は、そもそも自分でコントロールするものではない

そもそも自律神経は、その名前のとおり、わたしたちがいちいち指示を出さなくても働いています。

そして本来、
自分の意思で直接コントロールするものでもありません。

心臓を動かす。

呼吸や血圧を調整する。

食べたものを消化する。

暑ければ汗をかく。

危険を感じれば、身体を守るための反応をする。

眠っている間だって、身体は働いています。

それなのに、

「今、交感神経が優位かも」

「副交感神経を働かせなきゃ」

「自律神経が乱れているから整えなきゃ」

と考え始めると、

いつの間にか、

自律して働いているものを、頭で管理しようとしている。

なんだか少し不思議です。

「整えよう」とすることで、身体は静かになれるのか

以前、YouTubeでも似たような話をしたことがあります。

「安心安全」の状態になるために、何かをし続ける。

呼吸を整える。

身体を緩める。

リラックスしようとする。

もちろん、それらが心地いいならやってもいい。

でも、

「安心しなきゃ」
「リラックスしなきゃ」
「自律神経を整えなきゃ」

と一生懸命になっているとき、

身体は本当の意味で静かになっているのでしょうか。

このことについては、以前YouTubeでも「Do(やり方)ではなくBe(在り方)」という視点からお話ししたことがあります。

何かをしようとするとき、

わたしたちは目的に向かって動きます。

今とは違う状態へ行こうとする。

「整っていない身体」から、

「整った身体」へ。

「緊張している身体」から、

「リラックスした身体」へ。

そのために、

どうしたらいい?

何をしたらいい?

これで合ってる?

まだ緊張してる?

と、自分の状態を確認し続ける。

静かになろうとして、

頭の中ではずっと何かを探している。

「整える」という行為が悪いわけではありません。

ただ、

整えようとすること自体が、身体にとってはひとつの活動になることがある。

だから、

リラックスしようとしているのに、なかなかリラックスできない。

安心しようとしているのに、「まだ安心できていない自分」が気になる。

そんなことも起こります。

これって、

「今ここにいよう」

とすることにも少し似ています。

「今ここにいよう」とした瞬間、

「今ここにいない自分」から、

「今ここにいる自分」へ行こうとする動きが始まる。

でも、本当は未来のことを考えているときだって、それが今起きていることです。

身体も同じなのかもしれません。

自律神経ではなく、身体を見る

「整った身体」になろうとしなくても、

身体はすでに、今ここで働いている。

そして、身体が緊張しているのなら、

その緊張にも、その身体なりの理由があるのかもしれません。

危険を感じているのかもしれない。

疲れているのかもしれない。

何かを警戒しているのかもしれない。

それを、

「交感神経が優位だからよくない」

「早く副交感神経を働かせなきゃ」

と、すぐに別の状態へ変えようとしなくてもいい。

緊張している。

疲れている。

怖い。

落ち着かない。

眠い。

気持ちいい。

もっと動きたい。

もう休みたい。

身体から届いているものは、

「交感神経」「副交感神経」という言葉より、もっと直接的です。

だから最近は、

自律神経を見るより、身体そのものを見ていたい。

と思っています。

これは、不調を無視するということではありません。

つらい症状が続いているなら、必要に応じて医療機関や専門家に相談することも大切です。

疲れているなら休む。

苦しい環境にいるなら、そこから離れることを考える。

眠れない日が続いているなら、その状態を見る。

身体から届いているものを無視するのではなく、

むしろ、ちゃんと感じる。

ただ、

「自律神経が整っているかどうか」まで、いつも気にしなくてもいい。

ということです。

身体のことを知れば知るほど、

身体を見るための言葉は増えていきます。

知識は、とても役に立ちます。

でも知識が増えることで、

身体を感じるよりも、

身体を評価することが増えてしまうこともあります。

以前、食べものについて考えていたときにも、同じようなことがありました。

身体のために、

「これは身体にいい」

「これは身体に悪い」

と考えているうちに、

いつの間にか身体そのものより、頭の中の正解を見ていた。

身体を大切にしたかったはずなのに、

身体より頭で食べていた。

このことについては、以前こちらの記事にも書いています。

自律神経についても、

同じことが起こるのかもしれません。

身体を大切にしたくて、

自律神経について学んだ。

そしていつの間にか、

身体ではなく、

「自律神経が整っているかどうか」を見ている。

だったら、ときには、

自律神経のことなんて忘れてしまってもいい。

美味しいものを食べる。

好きな人と話す。

くだらないことで笑う。

畑で土を触る。

夢中になって何かをつくる。

眠くなったら寝る。

そんなとき、

「今、副交感神経が働いているかな?」

なんて考えていないと思います。

自律神経を整える方法を、

わたしは否定したいわけではありません。

呼吸を整えてもいい。

身体を緩めてもいい。

自律神経について学んでもいい。

整えようとしたっていい。

でも、

整えなければならないわけではない。

「自律神経を整えること」を、

新しい健康の正解にしなくてもいい。

身体を管理するための項目を、

またひとつ増やさなくてもいい。

自律神経は、

わたしたちが気にしていない間も働いています。

もしかすると、

身体が本当の意味で静かになるのは、

「静かにしよう」と頑張ったときではなく、

自律神経のことなんて、すっかり忘れているとき

なのかもしれませんね。

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