昔、わたしはブログを書くことが好きでした。
自己表現がとても大好きなので、自分の内面にあるものを文字で表現することが好きだったのです。
でも、ある時から書かなくなりました。
やめた理由はいくつかあって、自分ではその理由もわかっているつもりでした。
ところが最近、過去に書いたブログを整理しながら、ふと気づいたことがあります。
「単純にやることが多すぎてブログを書かなくなったのかも」
と。
ブログを書く。
文章を整える。
画像を用意する。
サイトにアップする。
SNSにも投稿する。
どれも苦手なことではありません。
むしろ、すべて得意なほうです。
でも、
「あれもやらなきゃ」
「これもやらなきゃ」
が積み重なっていくうちに、
本当は好きだった「書くこと」までやらなくなってしまったのかもしれないと思いました。
できることと、全部ひとりでやることは違う
最近、AIと一緒にブログやサイトを整理するようになりました。
文章について相談したり、タイトルを一緒に考えたり、構成を整理してもらったり、記事に合う画像について考えたり。
そうやって作業を一緒にするようになってから、ブログを書くことがまた楽しくなってきたんです。
そこで気づきました。
文章を書かなくなったのは、
好きなことをするための余白がなくなっていただけだったのかもしれない。
自分でできるからといって、全部ひとりでやらなくてもいい。
これは、わたしにとって結構大きな発見でした。
人間らしいことをする余白が生まれた
AIがいろいろなことをできるようになって、
「人間の仕事がAIに奪われる」
という話を聞くことがあります。
でも、わたしがAIと一緒に作業をしていて感じているのは、少し違います。
AIに自分の代わりをしてもらいたいわけではありません。
わたしが何を感じるのか。
何を書きたいのか。
何を伝えたいのか。
そこは、わたしがやりたい。
むしろ、その部分をもっとやりたい。
そのために、AIに手伝ってもらっています。
すると、「全部自分でやらなきゃ」に使っていたエネルギーが減って、自分が本当にやりたかったことに使える余白が生まれます。
AIが入ることで人間がいらなくなるのではなく、人間がもっと人間らしいことをする余白が生まれる。
わたしは最近、そんなふうに感じています。
余白から、創造性が戻ってくる
面白いのは、余白が生まれると「もっとやらなきゃ」とはならないことです。
むしろ、
「これもやってみたい!」
「あんなこともできそう!」
と、次々と自然にアイデアが浮かんできます。
やらなければならないことに追われていたときには止まっていた創造性が、少しずつ戻ってきたような感覚があります。
もしかしたら創造性って、頑張ってひねり出すものではなく、余白があれば、勝手に出てくるものなのかもしれません。
だからこれからは、
「自分でできるかどうか」ではなく、
「これは本当に自分がやりたいことなのか?」
という視点も大切にしたい。
できることを全部ひとりでやる必要はない。
誰かに頼ってもいいし、AIに手伝ってもらってもいい。
そうして生まれた余白に、
忘れていた「好き」が戻ってくることもあるのだから。