今回はちょっと不思議な話を書きます。
魂とか不思議なお話が嫌いな方は読まないでスルーしてくださいね。

わたしは見えないものが視えるとか、チャネリングとか、そういったスピリチュアル能力があるわけではありません。

ただ、シンクロとか直感とかは割とあるほうで、気配に敏感、霊障なども子供の頃からよく受けるので、見えない世界は自分が体験していることもあるので割と信じている方です。

ここ1、2年の間にその能力がちょっと上がったのか、シンクロニティーがさらに増えまして「神様に言われてるわ」と思うこともしばしばありますし、直感力も上がりました。

 

最近ね、斎藤一人さんのお話を聴くようになり「霊格」という言葉を知りました。
簡単にいえば、魂のレベルってことだと思います。

 

そちらについてもあまり詳しいことはわかりません。

ただ、友人とこういった魂のレベルのような話をすることもありますし、なんとなく「この人はソウルメイトかも」と思うこともあります。

 

 

霊格でマウンティング!?

たまに魂のレベルやら、魂の綺麗さやらで付き合う人を限定する方々にお会いすることがあります。

 

「なんでこっち側の人間なのに、そっちにいるの?」と。

 

わたしも似たようなことを言われた経験もありますし、友人もそういう体験をしたとお話を聴くこともあるんです。こういった何気ない一言から、その人が他者をどう見ているかがわかりますね。

魂が綺麗だから付き合うとか、仲間であるとか、うちらはちょっと違うという「圧」を押しつけたり。

 

「あっちとか、こっちとか、なんじゃそりゃ」です。

 

完全なマウンティングじゃないか。

 

そういうお話を聴くと「あなたの魂はまだまだ掃除しがいがあるね!」と思ったりしますし、百歩譲って万が一、その人が魂が綺麗だったとしても「魂が綺麗かどうか以前に、普通に性格悪いよね」と思ってしまいます。

確かに魂のレベルはあるのかもなぁ、とわたしも思っていますよ。

それによって魂のレベルが性格に表れたり、対人関係の上手さなどに出るように思うから。それで相性があるというのもわかります。

だからといって、実際に害を与えられたわけでもなしに、魂のレベルによって付き合う人間を決めるのはいかがなものかと思うのです。

 

きっとね、魂のレベルが高い人は高低差関係なく、人と付き合うと思う。
そして、それをできるように修行していくのが魂の修行じゃないんでしょうか?

こういった人たちは、交わったら自分が変わってしまうかもしれないという恐れを抱いてるんじゃないかしら?と思うこともあるのです。

要するに自信がないのです。自分がちゃんとしていれば、場所なんて関係ないものです。こういう人たちと出会うと「増上慢」とはこういうことだろうなと思ったりもするのです。反面教師にしたい。

 

元々はみんな未熟者から始まってますし、死ぬまで未熟者です。
もし輪廻転生があって、魂が学んでいるとしたら、どこかの時代でみな同じ失敗をしてきたはずです。

自分は前の時代に終わっていて今できるからといって、自分の方が上ということなんてない。
だって、人それぞれ違いがあるように、魂の学びもそれぞれ違うのですから。

いま自分はできるけど相手はまだ出来ないだけ
いま相手はできるけど自分はまだ出来ないだけ

ただそれだけなのだと思います。

 

同じところから出発していますし、一緒に学び合っている仲間だと思えばいいじゃないですか。
だって、みんな一生懸命生きているんですから。

どんな立場の人からでも、学べるかどうかです。
それが自分の実力なのだと思ったりします。

 

自分のほうが魂のレベルが上で相手は下だと思っていたのが、実は逆で後から知って恥ずかしい!ってことも結構あるのかなと思いますので、お気をつけください。