「あるがままにOK」が一番楽だし、優しく寛容だ

わたしの座右の銘は「死ぬこと以外かすり傷」です。

本のタイトルかなんかに使われて知られるようになりましたが、その前からずっと使い続けていた言葉です。苦労の連続、波乱万丈な人生を送ってきましたが「死ななければ復活できる」この言葉を地で行く人生でした。

でも最近、自分の中では「これって今の自分に合わなくなってきたな~」という感覚があります。

今は「死ぬことも悪くない。死んでも別にいいな」と思えるようになってきたからです。

死ぬこと以外かすり傷って死ななければいいよって死ぬことをある意味否定していますよね。今のわたしはそれがなくなってしまった。

別に死にたいわけじゃないですよ(笑)
ただ、死んだとしてもそれはそれでわたしの人生だったのだって認められるようになったのだと思います。

気分的には嘘をついているような気分になることもあるので座右の銘から外してしまおうかと時々まよったりします。

 

わたしは自分に優しく、寛容に生きていきます。
それが、他人に優しく、寛容にできるとわかっているから。

人は死ぬことを怖がります。
人類の目的は種の保存なので、それが当たり前といってもいいです。

死を恐れる、病気を恐れる、老いを恐れる
人間はネガティブにできています。
元々DNAに組み込まれているもので、ネガティブは「命を守る」という、とても重要な役割があるってことです。

それらから解放されていくのが涅槃かもしれません。
(もしかして、わたしは涅槃に近づいているのか!?(笑)

 

最近はコロナのこともあって、SNSの投稿でモラルに反している人をバッシングするような記事なども結構見られます。

わたしも一般的なモラルは守るほうなので、モラルに反している人を見ると心の中で(あらあら(´Д`;)と思うことはあるのですが、じゃぁそれをわざわざ投稿したり、バッシングするかと言ったらそこまでいきません。
モラルに反する方が見ても、その場を立ち去るとすぐ忘れます。正直ほとんど気にしていません。

逆に、そういう投稿を見かけては「なんて厳しい世の中、人で溢れかえっているのだろう」と思います。

 

失敗してはならない、間違ってはならない、○○すべきといった
とても厳しい世の中です。

みんながみんな、それぞれのモラルを持っていてフィルター(物の見方・認知)が個人によって違うことをちゃんと理解していることと、自分が間違ってしまったときに同じように責められたいかと言われたら責められたくないからです。だから人を責めないようにしています。

人を責めれば、いつか自分も誰かに責められるときがきます。
あとは、万が一何かしでかしたとき、この人は責める人なんだなーって見ている人は思います。

そういう人に心から信頼できるでしょうか?
わたしはそういう人を心から信頼することは難しいです。

そして、人を責めるという行為は他人だけではなくて、自分が逃げられなくなります。
自分がもし万が一、たった一回間違ってしまった・失敗してしまったとして、同じように責め立てられてもOKということです。

他人に厳しい人って、ものすごく自分にも厳しい人なんですよ。
自分を大切にできていないんじゃないかなって思います。

自分がやらかしてしまったとき、笑って「人間だし間違っちゃうこともあるよね!失敗もあるよね!」って言える人のほうに魅力を感じますし、信頼します。
だから、わたしはそういう人間になりたいのよ。

 

モラルが大事というのはわかります。
わたしもそう思います。今の時期は特にね。

でも、それを理由に人の失敗や間違いを許せず責め立てるような社会にしているのは(してきたのは)実は自分が正しいと思うモラルを振りかざして人の失敗や間違いを許せず責める人たちなのかもしれませんよ。

人を正す前に、そういったことは自分で気づけるようになったほうがいいのです。
人を責める前に、深呼吸をして考えてみてください。

 

みんな怖がっているのです。

死にたくない、病気になりたくない。
だからコロナに感染しないように・させないようにって神経をとがらせています。

もちろん、周りに配慮することや心を一つに乗り越えていこう!と協力していくことはとても大事なことです。

でも、過剰な「恐れ」がベースだと心に余裕が持てなくなります。

これが「死でも何でもあるがままに受け入れOK」という価値観に変わると、この先どうなったとしても、他人から感染してうつされたとしても相手を責めることはないでしょう。

なぜなら「あるがままにOK」だからです。

感染が広がっても、収束しても「あるがままにOK」です。
コロナにかかっても、誰かにうつされても「あるがままにOK」です。

もうわたしはその価値観になってしまったので、別に失敗や間違い・モラルに反する行動を責めることもないのです。

 

わたしは自分に優しく、寛容に生きていきます。
それが、他人に優しく、寛容にできるとわかっているから。

 

ストレスも溜まりますが、そんなときはお花を飾ったり、ティータイムでもしませんか?

 

 

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