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共感は「愛」だ!

 

先日DJあおいさんのこんな記事が流れてきた。

[blogcard url=”http://djaoi.blog.jp/archives/82974762.html”]

人というのは複雑な生き物で
生涯を尽くして話をしても
その人の全てが理解できるものではない

だからどんなに話をしても
後悔は必ず残るのでしょうけど
『その人をもっと知りたい』という気持ちが愛であり
『話をする』ということが『愛し合う』ということ

*一部抜粋*
DJあおい/その人を理解するということは その人の魂を自分の中に内在させることですからね

 

本当にそのとおりだよなぁ。

好きな人、愛する人に対して「その人のことをもっと知りたい」って思いますよね。
相手に関心があるなら「もっと知りたい」って思うものです。

相手から「もっと知りたい」という姿勢・態度が感じられないとき、「自分には興味がないのだな」と寂しい気持ちになります。

 

DJあおいさんの記事を読んだとき、アドラーの言葉を思い出しました。

相手の目で見て、
相手の耳で聞き、
相手の心で感じること

アドラー心理学のアルフレッド・アドラーは共感について、このような言葉を残しています。

 

人間関係をより深いものへと発展させていくためには、相手に対する共感する能力がとても大切になってきますが、要するに「愛」なんですよね。

愛ある姿勢・態度をしていくこと。

 

相手の目でみたら、どう見えるのだろうか?
相手の耳で聞いたら、どう聞こえるだろうか?
相手の気持ちになってみたら、どう感じ取るだろうか?

でも、その自分が考える「相手」が正確かどうかはわからない。
自分の都合のよいフィルターで見ている可能性があるからです。

だから普段から相手がどういう人なのかを意識を集中して観察したり、接したり、
対話をしながら相手をわかっていく必要があるのです。

 

これをしないひとは、相手を「自分」にしてしまいがち。

自分の目で見たら、こう見える(だから、問題ない)
自分の耳で聞いたら、こう聞こえる(だから、大丈夫だろう)
自分の気持ちは、こう感じる(だから、たいしたことないだろう)

独りよがりの態度・姿勢です。

このような愛の感じられない態度をし続けていると、人間関係に不和が生じやすく、関係がより深いものへと発展していくことは難しいでしょう。

 

自分は自分、相手は相手
自分と相手は違う人間である

本当にそう思うのならば「相手の目で見、相手の耳で聞き、相手の心で感じること」をしていかなければいけません。

自分の目・耳・心と、相手の目・耳・心が必ずしも同じではないからです。

 

愛ある姿勢とは、相手に関心を寄せることであり、「相手の目で見、相手の耳で聞き、相手の心で感じること」なのです。

 

あなたは愛ある姿勢・態度、共感を持って相手に接していますか?

今一度振り返ってみてくださいね。

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