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本当の優しさとは ~スルーするか、アクションするか~

 

ブロガー時代からの自分の中でのある課題、答え探しをしていました。

今まで誹謗中傷をうけたり(振り返ると会社員時代の20代前半から歴は長い、苦笑)ストーカー行為を受けたりしたとき、相手にも人生があるからと大事にしないようにしていた。

でも、こちらが相手のことを考えて行動しても、相手のほうがこちらの配慮や気持ちに気づかずに行為は酷くなるケースもありました。

20代の頃になりますが酷いときには某掲示板で殺人者のように書かれたこともありました。ネット規制も進んでないころです。

なぜそのように書かれたかというと、当時同僚が自殺をしました。
メンタル的に病んでということでした。

そのとき、わたしは同僚と比較的近い席に座って作業を共にすることはありました。(ただ上下関係はなく、似たような作業を行う仲間のような位置づけでした)

でもね、嫌がらせで「わたしが同僚をいじめて自殺に追い込んだ」ということが書かれていたのです。

ちなみに彼が亡くなったとき、わたしは産休中&会社をやめる最中で会社を長期間お休みしていました。自殺したことも人から聞いて知った状態でした。

彼と普段接してもいないし、上司や部下という関係でもないし、ましてや仕事で接することすらほんの少しだけでしたから、その書き込みを見たときに本当にビックリすると共に、とても傷つき悲しくなりました。(しかもメンタルが不安定になりやすい妊婦中に見てしまった)

当然のことながら事実ではないですから、周りの人から変に見られることもなく理解があったし、そのままスルーされて生活に支障がなかったので良かったのですが、もしこれが「あの人はそうなのかもしれない」といった周りからの目や生活に支障が出ていたらもしかしたら人生変わっていたかもしれません。

犯人は内部の人間だろうなと察しましたが、ネット上の悪口や中傷などの書き込みほぼ野放し状態でした。

 

「火のないところに煙はたたない」ということわざもありますが、火のないところにも煙をたたせることはできます。他人が火をつけちゃえばいいのです。

今のデジタル時代、嘘の証拠(データ)なんていくらでも作れます。
画像でも、メールの文面でも、映像でも、デジタル職人のわたしが言うのですから間違いないです。

 

本当の優しさとは ~スルーするか、アクションするか~

誹謗中傷を受けたとき、いつもスルーすることに決め込んでいる自分に「自分は本当に正しいことをしているのだろうか」を問うてきた。

自分をないがしろにしてるんじゃないのとか、なんで被害者の方が気を使うねん!とか、行為がいけないことだとちゃんと教えるなら訴えるべきだとわかっていながら、わたしの場合はそんなに回数が少なかったから(といいつつ、回数の問題ではない)今の今まで宙ぶらりんになってきた。

 

でもね、今回の木村花さんの事件で決めました。

犯罪めいたことや酷い誹謗中傷に出会ったら、闘おうって。

もちろん全てにその対応をしてるとこちらが疲れるからスルー技術も必要なんだけど、同じようにやり返すのではなく粛々とAIのように準備しようって。

相手がこちらのことを人間として扱ってこないのだったら、こちらも相手を人間として対応しなくていい。わたしはAIになります。

だってそういうことでしょ?
人間扱いしないくせに、自分は人間扱いしろとでも言うの?

甘えるなよっていいたい。

人のこと傷つけといて、自分は傷つけないでくれ?

甘えるなよ。

 

以前、わたしもある方の行為が酷かったので警察に届けたとき、相手が言ってきた言葉があります。

散々恨み辛みをわたしにぶつけた挙句、

「俺の人生を台無しにしてくれやがって」

そんな風な言葉がいくつもいくつも送られてきました。

 

正直、

「知らねーーーよ!」

人のせいにするんじゃねーよ。
全部自分がやってきたことじゃないか。
自分が選択してきたことじゃないか。

誹謗中傷を書き込む選択をしてきたのは、誰でしょう?
俺の人生を台無しにしてきたのは、誰でしょう?

全部、自分が選んできた結果です。

 

誹謗中傷をしないといけない人たちは、そういう人生を自分で選択してきた結果、誹謗中傷する人になったのです。

親のせい、他人のせい、環境のせい、政治のせい、
全部何かしら外側のせいにして

自分が愚かな選択をしてきたという一番根幹となる問題に目を向けず逃げ続けてきた。

本当の自分を見つめることができない。受け入れることができない。
だから、そういう人間になったのです。

 

わたしたちは自分が選択した結果が返ってくるんだと教えていかないといけないのです。それが本当の優しさだとわたしは思います。

そして、時にはわたしたちの主張がまかり通らないということもあるかもしれない。わたしたちも苦い学びをするかもしれない。

でも、諦めてはいけないんだと思う。
お互いに何かを学び磨いていくためには、アクションが必要。

こちらが諦めて訴えないから、深刻さも伝わらない。
深刻にならないと社会は変わらん。

そう思いました。

優しい人間がバカをみる世界にしちゃいけない。

 

わたしは怒るとむちゃくちゃ怖いので、どうか怒らせないでください(笑)←笑い事ではないくらい怖いです

これからは容赦しません

 

 

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