太陽の姿は無償の愛、無条件の愛 〜みなさんへ宇宙からのメッセージ〜

みなさん、こんにちは。
ブランディングデザイナーの安西光です。

昨日は太陽と満月と火星、全体的に宇宙にご縁がある1日でした。

起床時に日の光を感じ、その時なんとなく「太陽って毎日すごい体重減らして照ってくれてるんだよなぁ」と思い出したのです。その知識を得た瞬間、とてもありがたい気持ちになったことを思い出しました。

で、そのことについてFacebookで投稿、シェアしてみました。

以下が投稿の文章です。

以前科学の本を読んでいて、太陽は1秒間に約40億キロ体重を減らして発光していることを知りました。

当たり前のように太陽があると思い込んでしまいますが、人類や地球に存在するもの全てに身を削りながら光輝いている、貢献し続けてくれているのだと思ったら、太陽に感謝せずにはいられない気持ちになりました。

このたった一つの知識をどう捉えるかで、あなたの太陽の見方が変わると思います。

せっかくなので、太陽に感謝してみてください。

太陽さん、ありがとう。


みなさんはどのように受け取りましたか?

さて、実はこの後さらに思いついたことがありました。
Facebookに追加で投稿してもよかったのですが、あまりくどくても「真面目か!」と言われそうなので(そういうキャラですがw)書きませんでした。

もしご縁があった方はラッキーです(笑)

その後、思いついたこととは「太陽の姿・姿勢」についてでした。

太陽を人と同じように見てしまうのはわたしっぽいところですが、太陽を自分(人間)に当てはめて考えてみたのです。

よく無償の愛とか、無条件の愛といいますが実は太陽の姿がそれにあたるのではないか?と思ったのです。

上記ではわたしの受け取り方で「人類や地球に存在するもの全てに身を削りながら光輝いている、貢献し続けてくれている」と書いていますが、それはわたしの解釈なだけであって

太陽は太陽のまま、あり続けているだけ。
人類のために、地球のために照り続けているわけではありません。たまたま、太陽として存在し、たまたま照り続けることになり、たまたま、私たちが恩恵を受けている結果になっているだけですね。

太陽が意思を持ち、私たちのために「日光を届けよう!」「恵を与えよう!」と思ってやっていることではないのです。

目次

太陽の姿は無償の愛、無条件の愛

無償の愛、無条件の愛とはそういうものではないでしょうか?

その人がその人のまま存在しているだけでいい。
誰かのためにやってあげよう、救ってあげよう、助けてあげようなんて思わないってことです。
(そもそもその態度が愛じゃないやろ?可哀想、助けなきゃと思う度に自分が目の前の人を可哀想な人に仕立てていること、増やしているのは自分だと気づいてくれ!ってわたしはツッコミたくなります笑)

その人がその人のまま存在するだけで、暖かい光を放つだけで、
周りの人は勝手に恩恵を受けて「ありがたい」「救われてる」「助けられている」と思うのです。

そして、自己犠牲的なものでもないということ。
太陽が発光しているのは、ただ太陽なだけだからです。

私たちのために日光を照らしているわけではない。

だけど、形あるものには寿命があるので毎日毎日身を削って生きている(太陽はあと50億年ほど先ですが)
身を削っている姿を「犠牲」というのであれば、周りからはそう見えるだけの話であって、太陽からすれば「犠牲」の意識はこれっぽっちもないということです。ただ、生きているだけです。

そのことがフッと思いつき「太陽の姿から私たちは学ぶことがたくさんあるのではないか」と感じました。

ちなみに昨日は満月でしたが、夕食に「SUNRISE」(意味:日の出)というスパークリングワインを飲みました。
朝の太陽の投稿のこともあって「シンクロだわ〜」とワインコーナーでそちらをセレクトしたのです。

そして、久しぶりに伊勢丹で「阿闍梨餅」を発見!「久しぶり!今日食べたいなぁ」と購入してみたら、なんと販売会社名が満月というシンクロ(知らなかった笑)

何やら宇宙要素が強い一日となりました。
きっと宇宙全体からのメッセージでしょう(笑)

もしこの記事にたどり着いて最後まで読んでくださった方々は、この記事を読んで思ったことが宇宙からのメッセージだと思っていただけると幸いです。

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