どんな自分もありのままでいい

こんにちは、ブランディングデザイナーの安西光です。

最近Facebookのライブ配信や投稿でも書いているのですが、久しぶりに困難がやってきています。

普段からあまり悩みがない、子供の頃から波乱万丈で困難オンパレードだった人生を送ってきたわたしが「困難」認定をする場合、たぶん普通の方だとかなり悩んでしまう部類の件だと思います。(先日友人から「ぴかりんが困難っていうくらいだから相当でかいんだろうね」って言われました、笑)

わたしの場合、困難な時というのは「自分が変わる・変わらなきゃいけない」というよりは、「他人の困難に巻き込まれる・他人が変わらないといけないのを見届ける役割」であることがほとんどです。
たぶん、人生で「自分が変わらないといけない」って本気で思ったのは一回しか記憶にありません。それ以外は全て巻き込まれ系の困難でして。

今回も実はそうなんです。
だからわたしがどうこうしなきゃいけないといったことではなく、「他人がどうこうしなきゃいけないのをサポートするためにわたしはどうすればいいのか?」というところでいつも全力で相手のために動かなければならない。

今回のことも、今はまだわたし自身の生活やメンタルにも支障がなく「今後どうしていこうかな〜?」と日々考えているのですが、ただ、考えたり心配しても、実は仕方ないこともわかっていて。

自分のことではなく、その人自身(他人)やその人だけじゃなくて、その他環境や情勢なども関係してくるものなので正直「わたしが頑張っても変えられないものばかり」なので悩んでも仕方ないと頭ではわかっているのです。

ただ、今回はその他人が一番近しい間柄、大好きな人だった場合はやはり「少しでも相手を快適に、より良いサポートできないか?」と考えてしまうものですね。

目次

不安・心配モードの自分もありのまま許す

昨夜は久しぶりに眠れない夜でした。
今後の「やらないといけないかも?」や「必要になってくるかも?」というのを考えていたら、そのまま珍しく心配モードに。

なるべくだったら心配のエネルギーは発しないほうがいいので、最初は大丈夫モードに変えようとしましたが途中からそれをやめました。「それも仕方ないよね。心配してるんだもんね」と頭でぐるぐる回る思考と心の観察をしながら、心配モードの自分に寄り添っていました。

無理に眠ろうとはせずに、「心配」も「眠れない」もそのまま受け入れて味わいました。

「不安になってはいけない」
「心配のエネルギーを発してはいけない」

人ってネガティブなものを抑えようとか、無くそうと思いがちになるのですが、そういう状態の自分にバツを出すのが一番よくないです。いつでも自分を自虐しない・ジャッジをしないことは大事です。

大丈夫モードに変えようと思う自分もOK。
心配のエネルギーを出したくないなと思うのは相手のため。相手のために動こうとしている自分って優しい。

そのまま心配モードの自分もOK。
心配できるって他人のことを考えれる・優しい自分でもあるから。心配できるって優しい。

それに、大丈夫モードに自らしていく訓練ができるのも心配モードがあるからこそ。

本当に年に一回あるかないか(てか、わたしの場合は人生であまりない(苦笑)なのでとても貴重な体験です。
クセになってはいけないとは思うけど、たまにはいいよねって思います。

わたしのような人間、基本前向きでポジティブ思考で悩みがない人間は、こういうのがあると逆に「自分は人間なのだ」と安心できます(笑)

最終的にはやっぱり「とりあえず、考えていても仕方ない。やってみないとわからないので、思いついたものは全て試していこう!」と思い、今後必要そうなことは勉強するために本を注文したり、これはどうだろうか?というものをネットで検索したりして、眠れない時間を有効活用しました。

悶々と悲観モードにくれるわけでもなく、わたしらしく不安な時、心配な時でも「解決に向けてどう動くか?」という前提で勝手に行動するので、ただただ悩みっぱなしでぐるぐるしているよりはいいですね(笑)

さて、今日も何が起こるかわからないので、先回りしてできる仕事は早めにやっておこうと思います。
皆様、良い週末を♪

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