困難なことを恐れている時間などない

こんにちは、ブランディングデザイナーの安西光です。

ブログを書かなきゃなぁと思いつつ、日々やらないといけないことに集中しているのでブログの優先度がかなり下がっていて疎かになりがちです(汗)

最近は母親のお世話のためバタバタしています。
何が起こるかわからないので慣れるまで仕事もセーブ気味ですが、事が起こる前に引き受けた仕事はブランディングやYouTubeサポートなども含めてしっかりやっています。

今は前倒しに動画編集なども行っていて、時間が空くと動画編集をしています。
今月分の人生シェアハウスの動画編集は終わりまして、10月分の仕事用動画編集もあと一本納品で終わる予定です。

さて、今週は火曜日にインディビジュアルブランディングのモニターCさん(40代女性)の第1回セッションでした。アメリカに住まれている方です。

zoomの音声が全く入らないので最初ご迷惑をかけてしまいまして💦(後ほどバージョンアップしたらなおりました)急遽Facebookメッセンジャーでセッションを行いました。

セッション後にわたしの視点からのアイディアやアドバイスを聞いたら、色々なビジネスアイディアが出てきたそうです♪

次回、第2回セッションも楽しみです✨

目次

困難なことを恐れている時間などない

先日、神社でいただいた言葉です。

人生は草についた露のようにあっという間に終わってしまう。
辛いことや困難なことを恐れている時間などどうしてあろうか。(吉田松陰)

吉田松陰/『五十七短古』

今のわたしにぴったりな言葉。
そして、その通りだなと思います。

今を後悔なく生きたい

でね、実はこの日の夜、友人からとある残念なお知らせがありました。

その知らせを聞いたとき、「死」「突然の別れ」というのはいつでも誰でも隣り合わせなのだと浮かんだのです。
そして、人生の中で経験してきた「死」「突然の別れ」が走馬灯のように思い出されました。

「人間はなかなか死なない、死ねない、意外としぶとい」という考えがありながらも、父が震災の二次被害で孤独死、変死体で発見された時「人間が死ぬのはあっけない、明日にも、1時間後にも死ぬかもしれない」と教わりました。

今ではどちらの視点でも物を考えたりしますが

意識不明という連絡を受け、やはり思うのは「今を後悔なく生きたい」ということです。

そして、父が亡くなったとき検死解剖の後に刑事さんから言われたことを思い出します。
その刑事さんは多くの孤独死、変死体を見てきている方でした。

「同じ屋根の下に住んでいても、隣に寝ている時に死んでしまうこともある。隣にいるのに家族が気づかないこともある。自分が気づくことができなかったと悔やみ自分を責める家族もたくさんいます。でも、人間というのはそれほど気づかないうちにあっけなく死んでしまうものなんですよ。だから、悔やまないでください」

何百件、何千件と人の死を見届けてきた方の言葉の重みはやはり違います。

父とは20歳の頃に生き別れており、15年以上疎遠で行方知れずでした。
ひょんなことからまた父と再会でき、やっとここから交流が持てると思ったその矢先、1年後に亡くなりました。

父とは離れ離れに暮らしていたことなどもあり、きっと刑事さんは「遠くにいても近くにいても死ぬ時は関係ない」「何も出来なかったと悔やまないように、あなたのせいじゃない」というつもりで伝えてくれたのでしょう。わたしはそう受け取りました。

それくらい、個人の力ではどうにもならないものなのだと思います。

母のことや、友人のことも、まさに仏教の「苦」ー「思い通りにならない」
逃れることができない「生老病死」についてこの時期に触れさせられているなと感じています。

ちょっと、昼間の吉田松陰の言葉もリンクしているなと感じています。

辛いことや困難なことに諦めて自分の人生を生きないで後悔するくらいなら、今を後悔なく生きたいと思います。

死んだら全て無くなっちゃうんです。
お金も、名誉も、権力も、仕事の成果も、
豪華な装飾品とかも、いっぱい持っていても死ぬ時には持っていけません。

持っていけるのは「愛されていたなぁ」「幸せだったなぁ」「ありがとう」という想いだけです。
その想いと共に終わるようにしたいですね。

今はただ、自分がそういう想いを持って死んでいけるように生きていくこと。

そして、周りにいる大切な人たちもそういう想いを持って死んでいけるようにしてあげたいと思っています。

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