自力から他力へのシフト〜神様のレッスン中〜

今日はセラピストの友人とこんなお話をしたんです。

ぴかりん

いまは母の介護と認知症の勉強でほとんど仕事できてないけど、なぜかお金が入ってきて困らないんですよ。

昨年9月に母が過呼吸で倒れて、それがきっかけで認知障害が発覚。
昨年一杯は本人が作り出している過呼吸をどうにか発生させないようにすることと身体の土台づくりをやっていた。そして身体が健康になってから認知症のリハビリに取りかかりました。

昨年9月から母のお世話や認知症専門リハビリテーション専門士の勉強のため、そちらに注力しているのでほとんど仕事をしていない状態です。

だけど、不思議なことにお金がどんどん入ってきているんです。
母の認知症関連にかかるお金や勉強のための資金、その他諸々出ていくお金の金額もすごい額なのですがそれ以上にその数倍一気にお金が入ってきたのです。

そして、個人の仕事はできなくなったけど会社の売上は右肩上がり⤴️

正直タイミングの良さやなんかこうパズルのピースのようにピタッとおさまっている感じ。
そして、動いていっている感じがします。

ぴかりん

それに不思議なことがたくさん起こっていて、突然発生した家の修繕などの高額請求が後々相手の都合で請求がなくなってお金が出ていかないという現象が起こってるんです。

友人

多分、もうお金の概念を切り離せているんだろうね。

そんなふうに言われたのです。


昨年からわたしは【自力】から【他力】へシフトする期間だなと感じていました。

今まで自分で稼いできたのをやめる。自分で働かなくてはいけないを手放す。
最近は、自分が働かなくてもお金が循環して手元に入ってくることにOKを出す練習をしていました。

若い頃から「自分で働いたお金で自分のことは賄いたい」と考えていた。

きっと貧乏家庭だったからというのもあるだろう。結婚した時も、家を買った時も、なんかそういうイベントのようなことで親のお金を頼ることもなかったし、若い頃から仕送りもなく逆にわたしが稼いで仕送りをしていた側だった。

一見、自立した考え方だが、それが強すぎると「自分で働いたお金じゃないとダメ。自分のことは自分でやらないとダメ」という信念が出来上がってしまう。

今のわたしはかなり緩んだけど、ちょっと前までそんな信念を強く持っていた。

でもお金をエネルギーとして考えたとき、エネルギー循環を考えたらお金の入り口なんてどこだって、誰だっていいのだ。入ってきたものを次へ流すだけなのだから。

だから、自分で働いてもいいし、働かなくてもいい。どっちでもいい。

そう思うようになって「自分でやらなくてもいいんだ」と許可を出していくことを実践していった。
そうしたらいつの間にか自分が働けない時にもお金が入ってくるようになっていた。

そして今度は受け取りの練習。
ちょっとしたプレゼントの受け取りとかそんなレベルのものではない。

最近起こっている不思議なこと、対価を支払うこと前提でサービスを受けたにも関わらず、なぜか後から支払わなくてもいい現象が何度も起こる。しかもそれらが全て結構高額なもの。

支払うこと前提だったのに支払わなくていい状況になり「え?本当にいいの?」と人間のわたし(思考)はぐるぐると思ってしまう。サービスを提供してくれた相手のことを考えてしまったり、「こんなに作業してくれたのにお金払わないなんて悪い」って思っている。

だけどね、相手はお金いらないって言ったんだからいいんですけどね(笑)

「こんなに不思議なことが何度も起こるのは、これは受け取りのレッスンなのかも」と神様のプレゼントだと思って気持ちよく全て受け取ることにした。

なんだか、人間のわたしはごちゃごちゃ考えるけど「遠慮しなくていいや!」って開き直った(笑)

これがきっと「神様から応援される」とか、「エネルギーが循環している」なのだろうなぁと体感中。
この時期、認知症リハビリやらエネルギーの勉強、さらには神様のレッスンまで…

ガッツリ学ばせてもらっている期間なのであ〜る。

今日から読むのはこの本✨

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