皆さん、こんにちは。
いのちの力を引き出すセラピストの安西 光です。
1ヶ月前から実家の断捨離を本格的に開始しました。
とはいっても母の認知症が発覚した5年前から少しずつ断捨離は行なっていたのですが、なんせ一人で介護しているのでスピードは緩やかでした。
最初は大変でした。認知症状が一番酷いときはタオル一本も捨てられなかったです。
見捨てられ恐怖が強い母は捨てるのを見ていれば泣き叫び発狂し、こっそり捨ててもゴミ袋を漁り、ちゃっかり次に訪問するときには戻っていてなかなか捨てることができず大格闘でした。
最初は仕方なく、母のものではなく抵抗の少ない父や姉2人が実家に置いていったものを断捨離し、母のものは寄付という形だと捨てる気になったのでお金を出して寄付していました。5年かけて実家にあった要らないものを半分くらいは捨てることができたと思います。
そして認知症も改善し、リハビリセンターも卒業が決まって、これからやっと穏やかにやっていけそうと思っていた矢先に母が原因不明で突然歩けなくなりました。
こちらに関しては身体の状態を見る限り転倒ではないと予想しています。
ただ、その事件をきっかけに足腰が一気に衰えて、そして一週間後に転倒を繰り返し…。自力で出来ることが一気に減ってしまいました。回復期間はずっと寝込んでいたので運動をしなかったことや何もできない期間があったことで認知機能もやや落ち気味に。
「やっとここまできたのに…」
そのときは少なからず落胆はしましたが、それ以上に考える時間がなかったので早々に現状を受け入れて、やるべきことに集中している状態です。介護ベッドや手すり導入などをしないと生活困難に陥るなと判断して、これを機に実家を綺麗にしよう!という流れです。
住んでいる家は母そのものだった
3月中旬から始めた本格的な断捨離ですが「住んでいる家自体が母の状態そのものだ」と感じたことです。
うちの母は片付けはとても上手いです。
元々部屋は散らかってはいないのですが、母は捨てられない人間なので物が多くすべて収納して見える部分は綺麗に見えるだけの状態でした。
前回のブログでも少し書きましたが、介護をしていく中で『母が実は毒親であった』ことを知っていくプロセスがありました。そして、断捨離をしていて気づいたことは家の有り様が母の性格や潜在意識をそのまま表現していることに身をもって体感したのです。

母は「自分が部屋を片付けられているか」を気にしてよく聞いてきます。
それは見える部分、表面的な部分が綺麗かどうかをとても気にしているということ。
母は他人に対して『良い自分』を演じるのがとても上手いです。
収納上手とつながります。
だけど、タンスの引き出しを開けると物が敷き詰められていてぐちゃぐちゃです。
あまりにも物量があって、捨てても捨てても次から次へと出てくる物の多さに絶望し「この家はどうなってるんだ!(怒)」と私自身が発狂し叫んだことも2、3度あります(笑)
母はお決まりの「いつか使えるかも」「思い出だから捨てないで」と必ず言いますが、若い頃に着ていたデザインの服が80代の母に似合うはずもなく。着ているところを見たことがない洋服がタンスにつまっています。
大切なものではないからこそ、その物の存在すら忘れ、皺くちゃ埃まみれの状態でぞんざいに扱えます。
思い出の品というわりには一度も目にすることもなければ、思い出すこともないのです。

そして、よくこうも言います。
「物を捨てるのをみてると、わたしも捨てられる気分になる」
要するに『わたしが捨てられる気分になるから物を捨てるな』ということ。
本当は物を捨てられるのが嫌なのではなく自分が捨てられる不安感に襲われるから物を捨てられないのです。
だから、わたしが断捨離しているととても不機嫌になります。
「次は自分が捨てられる」と思うようです。
周りにある物や環境と『潜在意識』とのつながり
物と潜在意識とのつながり。
洋服を捨てるだけではなんとなくしか思いませんでしたが、最近大物の粗大ゴミを捨て始めて完全に腑に落ちました。
「周りの物がその人自身なんだ」と。
大きな家具をどかすと裏は埃がびっしり、虫の死骸が大量に出てきたりと掃除している私も「うぇー、よくこんなところで暮らしてきたな」と思いながら大掃除をしています。
4.5畳の部屋の家具をすべてどかして掃除をしましたら、敷いてあるゴザが破れた状態のものが何枚も重なっていて驚きました。「交換するとき古いものは捨てるだろう」とわたしだったら思うのですが、捨てられない母はこれまで破けたゴザの上にまた新しいゴザを敷いて見た目を綺麗に見えることをし続けていたようです。

※実際のゴザ。4.5畳だけでもこれだけ出てきた😅
先日はカーテンを洗いましたが、根本の部分(設置部分)が破れているし、わたしが子どもの頃から使っていたものですから50年近く交換してこなかったことになります。
ソファも中身が剥き出しで壊れているものを使用し(それにカバーをつけているので表から見たらわかりません)、布団も綿がボロボロですでに布団の形を保っていませんでした。
それらの物を使い続ける神経がわたしにはちょっと理解できないですが。
環境が先か、心が先か
どちらもあると思います。
母は自己肯定感がとても低い人なので(自分ではポジティブな人間だったと思い込んでいるのがさらに厄介なのですが)見捨てられ不安も、物をぞんざいに扱うのも、劣悪な環境を受け入れるのも「自分なんてこんなもの」「自分にはお似合い」とそういう環境を無意識に選びがちになります。
そして、エネルギー的にも環境に引っ張られますから劣悪な環境に居続けるとその環境に合わせて自身もそうなっていくという悪循環です。
今回わたしは強制的に部屋を綺麗に入れ替えるつもりです。
よく認知症患者がいる場合は一気に環境を変えると認知症状が悪化したり混乱したりすると言われていますが、その言説自体を疑った方がいいのでは?と疑い始めたからです。
潜在意識の観点から見ても心と身体の状態が良くないから認知症になるのであって、そこを一気に片付けられると潜在意識の抵抗が起こることは容易に想像できます。
従来の言説に従うから「認知症のままである」という見方もできるのではなかろうか。
認知症状悪化や混乱が潜在意識の抵抗であったとしたら、潜在意識の抵抗で怖くなったり諦めてしまったら潜在意識はそのままとなります。潜在意識的には「しめしめ」といった感じでしょう。
そして私たちは認知症である状態を選択し続けるのかもしれません。
わたしもなるべく環境は一気に変えない形でこれまで認知症改善してきましたが、こんな劣悪な環境に居続ければなかなか改善しないのも当然かもしれません。
母の潜在意識を変えるには越えられない壁があると感じていました。
まさに表層は整っているのに深層はぐちゃぐちゃな状態でこう着状態でした。
それも実家の部屋の有り様に通ずることもあり毒親の課題もすべてひっくるめて下した決断は以下のとおり。
- 母の言葉(潜在意識)は聞かない
(そもそも母の選択は自身が劣悪な状態を保つために働くと予想する) - 物を変えれば強制的に潜在意識が変わる可能性を捨てない
(ただし期待はしない) - 介護しやすい、通って気持ちの良い実家づくりを自分のためにする。
(母の希望を聞いていたら自分の身が持たない。自分第一に考える)
認知症状が悪化したり混乱したりする可能性もあることを理解した上で、これらを実践していきます。
上記については、あくまでも現段階でわたしが考えた仮説です。
今回の断捨離を通じて、母がどのように変化していくかを見守っていこうと思います。
