両親は自分にとって最悪の毒であり最良の藥である

皆さん、こんにちは。
いのちの力を引き出すセラピストの安西 光です。

3月初旬に母が突然歩けなくなるというハプニングからこの2ヶ月間トラブル続きで大変でしたが、やっとヘルパーさんも入り(でも介護認定はまだ出ていない)少しずつわたしにも余裕が出てきました。

精神的にキツイというより突然起こった事&ひとり介護なのでやることが多すぎて忙殺されている感じ。
精神よりも肉体疲労が半端なかったです。

まだ安定はしていません。
母に合わせて家の改造もしないといけないし、道具も用意するものがたくさんあるのですが、自分が何をしていけばいいかが明確に見えてきたのでかなり楽になってきました。

目次

水面下で起こっている母の深層心理の変化

昨日母とじっくり話して気づいたことは、見えづらいけれど母の心理的な部分(深層も表層も)が変わってきているなぁと感じています。それが本人の言葉や生活習慣などに少しずつ表れてきています。

脳梗塞で歩けなくなった後、ラジオのアンテナを折ってしまい本体も古いものだったので断捨離することにしました。

母はもともと『音がないと落ち着かない人』で聞いていないけれどラジオを流している人でした。
個人的にはTVと同じようにラジオもオールドメディアな内容を垂れ流しにしているのですから、深層心理的にも周波数的にも心身には良くないなと思っていたので試しに断捨離した後、新しいラジオを購入しなかったのです。
そうしたら慣れたのか、最近はTVもつけなくなり無音生活ができるようになりました。

今でも孤独感は強いけれど、前よりも音のない生活に耐えられるようになっていて意外と倒れる前よりも心理的によい方向に進んでいるなと思っています。

昨日も母自身が心と身体が分離しておりそれが原因で自分の歩行がうまくいかないことも自覚し始めていました。

そして自分が溜め込んでいる実家の思い出のモノたちも、自ら捨てる行為はまだ出来ませんが「思い出といいながら自分から見ることもなく、放置して大切になんかしていない」ことも自覚し始めています。

「自分が頑張ればなんとかなる!」教の崩壊

「ひとりでなんとかできるようになりたい。自分が頑張ればなんとかなる」

この言葉、母の口癖でもあります。

実はこの観念はわたしにも受け継がれていて手放しを行なっている最中ですが、母からガッツリ刷り込まれているなぁと聞くたびに反面教師にしています。

母は今回のトラブルを機に実際に動けなくなり他人に世話されるようになって、ようやく自分ひとりでは生活できないことを自覚し言葉に出すようになりました。

トラブルが起こり始めてから2ヶ月半で本人も受け入れるのが大変だとは思います。まだ諦観(諦める/明らかに見ること)には至っていません。

しかも認知症ですからすぐ忘れてしまうので自分がなぜこんな状況になっているのかがわからない。
脳梗塞で歩けなくなったことも忘れてしまうのですから。

そんな状況でも身体が思ったように動かない、歩けない、それが毎日のこととなると本人も少しずつその状況を受け入れざるを得なくなり少しずつ理解していきます。

母がまだ救いようがあるのは、自分が祖母からいつも「きちんとしなさい!」と言われて育ち、それがここにきて病気の治癒を妨げていること、自分で自分を責めて自分で問題をつくりだしていることを頭できちんと理解できていることです。自分は頑固者で素直ではなくて、過去ばかりに執着する人間であると自分で認められるところ。

わたしはこれが出来ていれば、もうほぼ8割方は治癒に向かうと思っている人間なので(ただし、母の場合は認知症であるため自覚以前に話した内容を忘れるのでとても難しいと思っているが、わたしはそれを可能にしてきているので不可能ではないとここでは断言したい)

ここ2ヶ月間で起こっている現象や態度や言葉など総合的にみて「母は深層心理的には変わることを受け入れた」とこちらは判断して、それならばその流れで無理することなく支援していこうと思ってます。

両親は自分にとって最悪の毒であり、最良の藥である

わたしはわたしで自分都合で母を実験台に使わせてもらってます。

認知症を改善するときも母から「わたしで実験しなさい」と言われました。

ですから今回も自分の持っている知識や智慧、エネルギーで副腎疲労や脳梗塞など認知症以外を改善できるのかを実験させてもらいます。

そう考えると母は毒親だったけど(しかも最近毒親の中でも真の毒親《毒親と気づかせない毒親》だったこと、私自身がそれすら気づかない真の毒親に育てられた子ども・生まれる以前から毒をもらっていた子どもであったことも気づくことができました) 同時に人生で最大のギフトをくれる親だったということ。
それは虐待していた父も同様で。

そんな状況すら気にせず、生きづらさもあまり感じず、自分が不幸せだとも思ったこともなく、ある意味その状況下ですら《アンザイヒカル》を生きてきた自分に対して大きな可能性を感じています。氏名は使命って本当だな、と。

それはわたしだけじゃなく、本来ならみんなが出来ることだと本気で思います。

毒親から距離を置いて落ち着く時期や段階はあるものだし、あっていいと思います。
ただ、あなたが本当に自分を生きることを決意したとき、逃げ続けて物理的な距離をいくら離したところで心の中は毒親に支配されていることに気づく段階も訪れるときがきっと来ます。
そして、わたしのように親の病気や介護をきっかけに突然気づかされる人もいると思います。

そのときはあなたが本当に親離れをする、本当の意味で自分を生きる・自立するサインかもしれません。

そこから解放されると最終的には毒親が自分にとって最良の藥であったことに気づいたり、なり得ることに気づきます。

あなたは『毒』を受け取りますか?『藥』を受け取りますか?

大丈夫。
自分を生きていきましょう。

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