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優しいままでいい

「2019年を振り返る」の動画でも話しているのですが、最近のわたしは「優しすぎる自分のままでよいのか?」とずっと考えこんでいました。

特に11月から年末までは、自分の優しさを責めていたのです。

優しすぎると自分が我慢したり、傷ついたり、利用されたりする。
嫌なことがいっぱいあります。

そして、その優しすぎることが時には相手のためにならない状態に陥ることもある。

日頃から建設的に判断して行動していくことを伝えているのに相手にとって非建設的な対応をしてしまったことに対して凹んだり、そういう状況を作り出したのは「自分にも非がある」と自分を責める。そしてまた苦しむのです。

他人に優しく、自分にはとても厳しい。

わたしはそんな人間です。

わたしの優しさは自画自賛するけど、天然記念物級です(友人からも菩薩と言われます)
酷いことをされたとしても結局相手を嫌いになることはありませんし、心の底から相手を責めることがありません。結局相手を赦せてしまう。

それはとてもいいことなのですが、その優しさがわたし自身傷つけてしまうこともあります。

相手が優しさを返してくれる人であれば、気持ちよくコミュニケーションが成り立ちますし、それを繰り返すことによって信頼関係を構築していくことができます。とても良い関係を築くことができます。

でも、中には自分のことばかり考える人や、思いやりの気持ちや相手への優しさを忘れてしまってあぐらをかいてしまう人たちもいます。

コミュニケーションのキャッチボールが出来ず、こちらだけが投げ続ける状態になります。パワーバランスが崩れてしまって、優しい方が長期間に渡ってじわじわと心身共に疲弊していくという構図になったりします。相手を甘やかしている状況となって過保護の状態になっちゃうんですね。

本当なら相手を責めてもよいはずなのに、見極められなかった自分やら、利用されていることを承知の上で支えようと決めた自分なのだから相手は責められないと実力がなかった自分を責めてしまい、自分に優しくなれない状態になります。

そうなってしまうのは、そんなに回数が多いわけではないので気にすることではないのかもしれません。ただ、やはり自分が疲弊するまで頑張るのは間違っていて、自分を大切にできていない状態になります。

そういう状態になることを減らしていきたいなと思っていましたし、過去の自分に比べて随分減ってきていました。

でも、昨年はこのような状態になり「わたしのほうが考え方を改めて、与えるのもほどほどに改善しないといけないのかな?」と思う反面、「優しいことの何が悪いんだ?」「どう受け取るかは相手次第なんだから優しいほうが変えるのはおかしくないか?」と頭の中でぐるぐる考えてしまって葛藤していました。

その葛藤している自分にさえ「優しさを受容できない自分」に気づいてしまって、凹んでしまう。

だってね、改善するということは、
わたしの優しさに「ダメ」という烙印を押すようなものです。

本当は強みなのに、
誰にでもできるようなことじゃないのに、
なぜわたしが改善しようなんて思わないといけないのだろう?

そういった違和感があって、どちらがいいのか迷っていたのです。

「自らその強み消すの?」

ずっと自分に問いかけていました。

でも、年末年始で色々なシンクロがありまして、結論が出せました。
神様からのメッセージも心強かったけれど、一番は実家に帰ったときに母とこれまでの人生について話す機会があったことです。

わたしが3歳の時、シングルマザーの母に「おかあさん、おしごとないの?」と言ってきたそうで、実際に仕事がなくて悩んでいた時期だったそう。

普通なら様子がおかしかったら「どうかしたの?」って聴くと思いますが、「おしごとないの?」はちゃんと母は仕事で悩んでいると的確に見抜いたということです。しかも3歳で、です。

母親として失格&落ち込むと同時に上の2人は声をかけてこなかったけど、わたしは声かけてきた。

「この子は心配して声かけてくれて、なんて優しい子なんだろう。わたしをいつも見てくれているんだ」とも思ったそうで、衝撃的で日記に書いたのだと思うと言っていました。

「あなた、小さい頃からカウンセラーの能力があったのね」って言ってくれました。

全く記憶にないのですが、わたしは昔からそういう子だったんだなぁーって。

そんな優しい私を大切にしていきたいって思ったんです。

やっぱり優しいことはいいことです。
わたしの優しさって貴重だと思うから変える必要なんてない。

傷ついても、また立ち上がればいいじゃないかって。

そんなふうに思ったんです。

だってこれがわたしだから。
これからは堂々と優しすぎる私でいこうと思います。

それで凹んだり、傷つくことがあっても、もうそれでいいかなって。
そうやって完全に受け入れた私なら、これからは結果が違ってくるかもしれません(^^)

優しい人ってね、
想像以上に真っ暗で泥のたまった海底を歩くような
そんな人生を送っていると思います。

様々な感情や葛藤を人一倍抱えながら、
辛さや、悲しみを消化しながら、
生きています。

だから、優しくなれるんだと思います。

目次

それでも許しなさい。それでもやさしくしなさい。

今回優しいままで生きていこうと決めたとき、マザー・テレサの言葉が浮かんできました。

人はしばしば 不合理で、非論理的で、自己中心的です。
それでも許しなさい。

人にやさしくすると、 人はあなたに何か隠された動機があるはずだ、と非難するかもしれません。
それでも人にやさしくしなさい。

成功をすると、不実な友と、 本当の敵を得てしまうことでしょう。
それでも成功しなさい。

正直で誠実であれば、 人はあなたをだますかもしれません。
それでも正直に誠実でいなさい。

歳月を費やして作り上げたものが、一晩で壊されてしまうことになるかもしれません。
それでも作り続けなさい。

心を穏やかにし幸福を見つけると、妬まれるかもしれません。
それでも幸福でいなさい。

今日善い行いをしても、次の日には忘れられるでしょう。
それでも善を行いを続けなさい。

持っている一番いいものを分け与えても、決して十分ではないでしょう。
それでも一番いいものを分け与えなさい。

マザー・テレサ

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