昔のわたしは、
「運がいい人と運が悪い人の違いは何だと思いますか?」
と聞かれたら、こう答えていました。
運がいい人は、自分を運がいいと思っている。
運が悪い人は、自分を運が悪いと思っている。
今でも、この考え方には一理あると思っています。
ただ、以前とは少し捉え方が変わりました。
「自分は運がいい」と思えば、魔法のように運のいい出来事が引き寄せられる。
というより、
わたしたちは、自分が意識を向けているものを世界の中から見つけている。
というほうが、今のわたしにはしっくりきます。
同じ一日でも、見えている世界は違う
例えば、朝から雨が降っていたとします。
「今日はついてないな」
と思う人もいるでしょう。
一方で、
「畑の野菜には恵みの雨だな」
と思う人もいる。
雨という出来事そのものは同じです。
でも、そこから受け取っている世界は違います。
電車に乗り遅れた。
「最悪だ」と思うこともできる。
一本遅らせた電車で偶然知り合いに会って、
「乗り遅れてよかった」
になることもある。
その出来事が幸運だったのか、不運だったのか。
実は、その瞬間には分からないこともたくさんあります。
「運がいい」と思っている人は、運を見つけるのが上手なのかもしれない
自分を「運がいい」と思っている人は、
小さな幸運をよく見つけます。
今日は信号に引っかからなかった。
ちょうど欲しかったものが安くなっていた。
困っていたら誰かが助けてくれた。
ご飯がおいしかった。
天気がよかった。
会いたかった人に偶然会った。
そして、
「やっぱりわたしって運がいいな」
と思う。
するとまた、運のいいことを見つける。
反対に、
「自分はいつもついていない」
と思っていると、
嫌だったことや上手くいかなかったことのほうが目につきやすくなる。
そして、
「ほら、やっぱり自分は運が悪い」
となる。
もしかすると、
運のいい人というより、「運のよさを見つけるのが上手な人」なのかもしれません。
だからといって、不幸はその人が作ったわけではない
だからといって「あなたが不幸を選んでいます」とも言えない。
人生は自分では選べないことがあります。
理不尽なことも起きます。
突然、大切なものを失うこともあります。
他人によって傷つけられることもあります。
それまでの自分の選択とは関係なく、人生が大きく変わってしまうことだってある。
だから、
「あなたが不幸を選んだからですよ」
とは、今のわたしは言いたくありません。
起きた出来事と、
その出来事とこれからどう関わっていくのか
は、分けて考えたほうがいいと思っています。
「全部自分次第」でも「全部環境のせい」でもない
人生は、自分だけで創っているものではありません。
他人がいます。
社会があります。
環境があります。
身体があります。
偶然があります。
自分ではどうにもならないことが、たくさんあります。
でも反対に、
「全部周りのせいだから、自分には何もできない」
というわけでもありません。
変えられないものがある一方で、
自分で選べることもある。
誰と付き合うのか。
どこから離れるのか。
何を大切にするのか。
今日何をするのか。
起きた出来事を、これからどう扱うのか。
全部を自分で決めることはできないけれど、
自分が関われる余白はある。
幸せな人は、幸せを見つけるのが上手
これも「運」と同じです。
幸せな人には嫌なことが起きないわけではありません。
悲しいこともある。
腹が立つこともある。
疲れることもある。
人生が思い通りにならないこともある。
それでも、
美味しいものを食べたとき、
「あぁ、おいしい」
と思える。
風が気持ちよかったら、
「気持ちいいな」
と思える。
誰かが優しくしてくれたら、
その優しさをちゃんと受け取れる。
幸せになるためには、
人生から不幸をすべて取り除かなければならないと思っていたら、
いつまで経っても幸せにはなれないのかもしれません。
幸せって、
すでにあるものを見つける力
でもあるのだと思います。
それでも、見つけられない日はある
ただし、
いつでも幸せを見つけなくてもいい。
辛いときに、
「幸せを探さなきゃ」
なんてしなくていい。
今日は最悪だった。
そう思う日があってもいい。
「ポジティブなところを探しましょう」
と言われたって、
「いや、今日は無理(笑)」
という日もあります。
それでいい。
運がいいと思えない自分を、
さらに責める必要はありません。
「幸運」「不運」と決めなくていい
最近のわたしは、
昔よりも「偶然」というものが好きになった気がします。
自分ですべてをコントロールできる世界より、
何が起こるか分からない世界のほうが面白い。
偶然誰かと出会う。
偶然言葉を聞く。
偶然何かを見つける。
そして後から振り返って、
「あれがあったから、ここにつながったのか」
と思う。
その瞬間には「不運」にしか見えなかった出来事が、
何年も経って違う意味を持つことだってあります。
だから、
目の前の出来事にすぐ、
「幸運」
「不運」
という判定をしなくてもいいのかもしれません。
人生はまだ、その途中なのだから。
運がいい人とは
昔のわたしは、
「運がいいと思っている人が、運のいい人」
だと思っていました。
それも間違ってはいません。
でも今なら、もう少し違う言い方をします。
運がいい人とは、人生の中に転がっている小さな幸運に気づける人なのかもしれない。
そして、
不運だと思った出来事についても、
「これがこの先どうなるかは、まだ分からない」
と少しだけ余白を残しておける人かもしれません。